淡水

生活の中に私のかけらを感じてくれることがあるという事象が存在するらしい こんな有難いことってないよね

私の頭の中に川がながれていたりお水-水辺-淡水がある時は精神衛生🛰いい感じの時だと、最近のこのかんじについて言語化が出来た まあうまくまだまとまってないけど 海好きだけど海ではないんだよなと思う 海の香りは時として刀のようになる気がするから_田んぼとか、川辺とか、あとプールのにおいとかが好きです だから山形行った時にれなちゃんに眺望の丘につれていってもらって、田んぼの風景と山が見れたことがすごくよかった。れなちゃんと話してて、れなちゃんは覚えてるけど私は忘れている思い出があるなと思ったので、忘れない為に留めておきたいと思います。わたしが多分大学1年生の私が、くるり琥珀色の街、上海蟹の朝をれなちゃんに教えてくれたって言って、れなちゃんがそれを今回の河北町からの帰り道が始まる時に流して、なんかゾワッみたいなフワッみたいな したって言ってたのを聞いて、自分のかけらが人の心の中に存在することがあるんだなとおもった_ 

思えば、切羽詰まってもう本当に生きてて辛いことしか無いかもしれないと考えて、ちょっと世の中から距離置いて、そこから社会復帰みたいなことしてからはじめて山形の人たちと会った。自分の知らないうちに自分のかけらが人の心の中にあることに気付いて、その時にもしいなくなってても自分が残るんだろうな というか ボジティブな意味で 残るから、 本当にいなくなることはできないよなっていう 本当にポジティブな意味で だからいなくならなくて良かったよって思って それが言葉にできた今、山形で久しぶりに会いたい人に会えた時に薄々と感じていた泣きたい気持ちが押し寄せて、瞼という小さなダムが崩壊している

いろいろ、よかったね

学生の時(私の考える一番頑張れてた時は2年-3年の前期あたり)になんであんなに根詰めて出来てたんだろうって話もした。神経が通る場所が深かった感覚、今はそこまで出来てないみたいな 良くも悪くも時間内にものを作るようになった だがしかしどっちも多分いいことでその過去があった技術の蓄積によって今ものがつくれているので、というそういう考えに至れたことが宝であります

以後制作継続---私はデザインだけじゃなくても作るということから興味を離せないんだと思います なので制作という大きなくくりで。

あらためて今後ともよろしくお願いします